ー委託の現場からー

変化を恐れる必要はないと思うな。

日本で大学図書館ができて、たかだか130年あまり。

大学図書館はいつだって変化の中にある、と考えて構わないと思う。

単に、ここ20年余りの変化のスピードが速いというだけだ。



大学図書館の非正規職員の数は確かに増えている。専任職員のしていた仕事もどんどん委託や契約が請け負っているのも事実だ。

その中で専任職員のすべき仕事は変化してきているはずなんだけど彼らは気が付いていないのかな?(考えてみたらここまでは大学に限らず、公共図書館でもそうだ)

専任職員は「資料の収集と整理」、「図書館の運営」というその図書館の根幹をなす、2本柱の基本方針や運営方針などを決め図書館の方向性を定めた上で、マネジメントしていくことに専念すればいいんだと思うけど。

図書館の専任職員について人々が心配している専門性についても、彼らが思うほど、ゆゆしき事態には陥らないはずなのだ、考え方さえちょっと変えれば。


選書の目が肥えている人や、洋書に関する知識がずば抜けている人、レファレンスの神様、などなど優れた専任職員は山のようにいるだろう。
しかし、彼らもいつかは退職するのだ。他の業界と同じく、大学図書館でも、その技や知識を伝えることに前向きにならなければ、やがて技術や知識は廃れていく、非正規職員がいてもいなくても。


そもそも仕事というものは、元来、誰かが急に抜けても機能していくようにしていくものだし、組織というものも、誰かが抜けて痛手を被ったように見えても、あっという間に何事もなかったように機能していくものだ。

そのためには、「誰が何をどのようにやっていて、今どんな状態」ということをある程度みんながわかってなくてはならないのだが、専任職員同士は、果たしてそれを理解しているだろうか?
どうも研究者の1匹狼が寄り集まっているだけじゃないか、と思うことがよくある。


図書館は生き物だ。利用者の使い方一つで日々呼吸するように変化していく。

研究支援、学習支援の機関としての図書館の役割を理解したうえで、その頭脳に当たる部分を専任職員が担い、手足となる部分を委託すればいいわけだ。

なのに頭脳部分まで、対して考えもせずに委託しようとしたり、そもそも頭脳を捨ててしまったりするからむやみに「委託問題」と騒がなくてはならなくなる。

すべてをきちんと機能していくように考えて対処すれば恐れることはなにもなくなるはずだ。

 

委託会社や派遣会社と契約を結ぶ時に、いくらで何をどのように、と決めるのだからはっきりと言えばいいのだ、「ウチは資格のない人はお断り、優秀な人でないと困ります」と。

委託や契約をなりわいとしている司書の中にも、言っては悪いけれど、専任職員よりよっぽど優秀、っていう人はたくさんいる。(決してアタシのことではないので。ハハハ)

いろいろな大学の図書館、いろいろな派遣会社を渡り歩くアタシタチは、それなりにいろいろな業務を経験し、ノウハウを蓄積させている。
各々の大学の流儀だって理解しているのだから、相談にのれることも多々あるはず。

爪を隠しているひともあれば、積極的に見せびらかしている人もいるけど、よく見定めて上手に使えばいいのだ。

優秀な派遣職員や委託職員を集め、セクショナリズムに陥ることなく、専任職員とともに協力する体制を作っていけば、ひとつのチームとなってうまく図書館を運営していくことができるのに、惜しいな、と思う。